弘前福音キリスト教会
これまでの「弘前福音キリスト教会通信」を読むことができます

三浦綾子さんとキリスト教文学
「氷点」は。朝日新聞社が募集した一千万円懸賞小説に入選した小説で、懸賞小説の募集要項には、「既成の作家、無名の新人を問わない」とあったのですが、実際に入選したのは雑貨屋を営む一主婦ということで大きな話題となりました。(続きを読む)

日本人が作った讃美歌でもっとも歌われている曲とは
日本の教会で歌われている讃美歌は、明治のはじめに歌われて以来急速に普及し始め、明治36年(1903年)に「共通讃美歌」として初めて出版されさらに普及するようになりました。

多くの人に愛され、カラオケなどでもよく歌われている「ハナミズキ」
この曲のサビの部分、「薄紅色の可愛いい君のね 果てない夢がちゃんと終わりますように 君と好きな人が百年続きますように」は、多くの人の心をつかみ、祈りにも似た思いを込めて歌う人が多いようです(続きを読む)

夫婦喧嘩「出て行け!」の言葉の後に‥
喧嘩したとき、つい口から出てしまった「出て行け!」の言葉で、荷物をまとめて出ていった夫人を二階の窓から見送った知人が、「どうしてあの時、戻って来て!」と言わなかったのかと、寂しそうに

人間のいのちの尊厳を知らなくては
良い医者になれない
弘前大学名誉教授の河西達夫先生は、弘前大学医学部の教授として千体以上の解剖に立ち会い、学生に解剖学を教えてこられた方です。数年前に出版された「解剖学実習アトラス」は全国の医学部の解剖学教科書として用いられています(続き)

信教の自由を訴えたグリーン宣教師と日本人スパイ
プロテスタントの宣教師としてダニエル・クロスビー・グリーンが、アメリカ外国伝道委員会から派遣され、日本にやって来ます。彼は神戸で宣教を始めるのですが、「切支丹邪宗門之儀は堅く御禁制たり」という高札を目撃します。

死の問題の解決を求め、見い出した世界
運輸大臣、大蔵大臣を歴任し、政治家としてもすばらしい業績を残した北村徳太郎は、小さな頃から体が弱く、少年時代をほとんど病床で過ごす生活をしていました。また、5年間で6回も家庭から葬式を出すという経験から人間の死について深く考えるようになります。(続き)

偶然が秩序を造り出したことを見た事がない
聖書の創世記1章では、神がこの世界を創造されたことが記されています。しかし教会に通い始めた頃、私はそのことを素直に信じることができませんでした。そのような時ある方から、エミリ・ブッルンナーの「我らの信仰」という本を貸していただきました。(続きを読む)